まだ2歳?もう2歳?言葉が出ない息子に不安が募る

2019年に生まれた第3子は、知的障害を伴う自閉症でした。息子の障害が分かるまでをブログに書いています。前回()は大学病院での検査がひと段落したところまでを書きました。今回は二男が2歳台に考えていたことを振りかえります。

・・・

乳幼児健診から大学病院に繋がったのは生後半年のとき。そこから1年以上かけて様々な検査を行いました。前回のブログでは書きませんでしたが、発達おくれの原因としてそもそも情報を得る機能に問題ないかを調べるため、視力や聴力の検査もしています。現時点でできる検査はすべて終え、成長阻害の原因は特に見つからず、「しばらく様子を見ましょう」と担当医。3カ月毎の診察で、身長体重はどれくらい増加したか、できるようになったことはあるか、質問に対し淡々と答えるうちに二男は2歳になりました。

(二男2歳、電車のおもちゃで磁石を発見する)

二男2歳台は、私にとって「子どもの様子を見る」がこんなにも難しいことだと痛感した1年でした。相変わらず発語はなく、見た目は1年遅れの1歳児。少しずつ成長していると頭では分かっているものの、「本当に周りの子と同じように大きくなるの?」と日に日に不安が膨らみます。公園で二男より月齢が小さい(と思われる)子が「ママ!」と話す姿を目にして、呼吸が苦しくなったのも一度や二度ではありません。スローペースな成長を目の当たりにすることは真綿で締めつけられているような日々でした。

当時の私が心のバランスを保つためにしていたことは「どんどん情報を取りにいく」です。分からないから不安になるのだと思い、第3子にして初めて、乳幼児の発達について学びはじめます。発達はどのような段階を踏むのか、そして「発達障害」とは何か…。実をいうと、この頃は「二男はどこかのタイミングでぐんと成長する」と、割と真剣に信じていました。身体さえ大きくなればそれに伴って色々出来るようになるのだと。

(二男2歳半、電車のレールが組み立てられた!)

ですが、発達について書かれた体験談や専門書を読んだり、精神科医や臨床心理士の講演をYouTubeで視聴したりするうちに、「その「どこか」はやってこない」が徐々に突きつけられていきました。それでも「知る」をやめなかった理由は、当時読んでいた本のこちらの一文のおかげです。

「読書は混沌とした世界から一人で逃避する手段となるだけではなく、現実に戻るとき、世界に立ち向かうのに役立つ知識やデータを与えてくれる」。そう語る自閉症の女性の言葉が、二男のことを知りたいと思って必死にもがいていた私に深く沁み込み、慰めてくれました。

次回に続きます。

ランキング参加中です
にほんブログ村 子育てブログ ワーキングマザー育児へ

わが家の暮らしが本になりました

スポンサーリンク

\ Share the article /