「異常(アノマリー)」エルヴェ・ル・テリエ

今年読んで印象に残った本をひとつ挙げるとすると、フランスの長編小説「異常(アノマリー)」が真っ先に思い浮かびました。ミステリー、SF、群像劇…どのカテゴリーにも当てはまるようで、当てはまらない。「異常」な読後感の小説で、よく分からないまま一気に読みました。

第一部は、パリからニューヨークへ向かう飛行機トラブルから始まり、未曾有の巨大嵐から生還した人びとの日常が淡々と書かれます。殺し屋、売れない作家、シングルマザー、カエルを飼う少女、黒人弁護士、ナイジェリアのポップスターなど、様々な人種、年代、属性の人たちの単なる日常描写ですが、フランス人作家のエスプリのきいた語り口にぐいぐい引き込まれました。たとえば「老いた自分」を自虐する表現も、作者にかかれば、「誰ももう子供に付けようとしない時代遅れの名前を持つもの」「十の位にこの憎々しい六が居座る自分の歳のせいで、彼は気弱になった」などのワードが飛び出し、思わずクスリと笑ってしまいます。

そんな第一部の最後、物語が急展開しました。ちょっと待って、これは文学作品ではないの? あまりにも現実離れした「異常」な出来事を前に、読み手である私も登場人物たちとともに翻弄されます。しかし読み進めるうちに、本書の魅力は、その異常な出来事がなぜ起きたのか、どのように解決するか、という謎解きよりも、不条理な状況が起きた際に人々は何を考え、どんな行動を選択するのかを観察できる点にあるのだと感じました。

巻末の訳者あとがきでは、この小説について次のように説明されています。

この多様な登場人物を描写するにあたり、それぞれの属性に合わせて章ごとに文体の雰囲気と語彙のレベルを変えている点も見逃せません。つまり、一つの作品がロマン・ノワール、心理小説、恋愛小説、SF、風刺小説、テレビドラマのシナリオ風テキストなど、多彩なジャンルの文章で構成されているのです。加えて、詩、メール、新聞記事、聴取記録、書簡などの形態の異なるテキストが挿入されており、文章および文体の面から見ても異例の作品と言えるでしょう。(p.413)

一読では物語に圧倒されて終わってしまいましたが、改めて読んでその構成や文体なども味わいたい作品だと思いました。まさに「異常」な傑作です。

▽ 「異常(アノマリー)」エルヴェ・ル・テリエ

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